TOP > SCAR WARS -ケロイドとの戦い- > Episode.02 さまざまなケロイド治療法【薬物療法】1)外用剤

SCAR WARS -ケロイドとの戦い-

Episode.02 さまざまなケロイド治療法【薬物療法】1)外用剤

ケロイドに対して適応が認められている外用剤(厚生労働省が効果ありとお墨付きをつけた薬剤)がいくつかあります。ステロイド剤はその代表といえますが、効果的な使い方としては、ケロイドに塗るよりも、ジェットシリンジという注射器を使用して硬いケロイド組織中に直接注入する方法があります。この方法は、荒れ地をならすのに普通はブルドーザーを使うところを、じゅうたん爆撃で破壊して、森も池も何もかも吹き飛ばして窪地にしてしまうようなものだということです。また、あまりの痛さに患者が治療を諦めるということです。

私がこれまでに自分で研究し、あるいは研究者からデータを見せてもらい、有効かつ安全と判断した外用剤はヒトプラセンタエキスクリーム剤です。以下に少し詳しく報告します。

ヒトプラセンタエキスとは...

胎児と胎盤

ヒトプラセンタエキスとは、ヒトの胎盤を原料にして製造したエキス製剤です。元々は旧ソ連などで行われていた組織療法がルーツのひとつのようです。組織療法とは、胎盤などの臓器を低温代謝させたあと、滅菌して皮下に埋めるような治療法です。日本でもウシの脳下垂体を使って、脳下垂体に含まれる成長ホルモンの効果に期待した小人症の治療が試みられたこともあったようですが効果は得られなかったということを、前出の大矢博士から聞きました。ヒト胎盤を人体内に埋める組織療法の効果について私は知りませんし、組織療法の原理も理解しがたいものですが、私が知る中で(これは公式に認められた効果ではありません)、ヒト胎盤エキスを使った外用剤が唯一、ケロイドに対して有効でした。

-尾崎博士との出会い-

私はケロイド治療薬の研究を開始し、さまざまな文献や特許を調査し、ケロイド治療薬あるいは治療法と称するものの情報をたくさん収集しました。その中からヒントを探すわけですが、特許にしても首を傾げざるを得ないような、怪しげなものばかりでした。しかし、その中で一つだけ信用できそうなものがありました。それが、尾崎紀一郎博士(故人)が開発された、ヒト胎盤を原料とするケロイド治療用クリームの特許でした。組織療法の1種ではあったのですが、ケロイド患者に対する試験内容が信用できそうなことと、塗って効くという点が魅力的でした。早速博士に手紙を書き、研究内容を詳しく知りたいとお願いしたところ、博士は快諾してくださいました。その当時、博士は兵庫県のT病院の外科医長として、ご高齢ながら活躍されていました。T病院は当社R&Dセンターの近くにあり、センター開設にあたって十数年ぶりに建物を目にしましたが、今では通勤で毎日見ており、縁を感じます。

さて、早速T病院に駆けつけ、尾崎博士にケロイド治療剤の試験内容をお伺いし、症例写真を拝見したところ、素人目にもその効果は顕著でした。やはり本物だと感じた私は自分のケロイド(正確には肥厚性瘢痕)をみていただき、これなら治せるとのことで、ケロイド治療クリームを分けていただきました。まずは自分で試してみて、それで治れば会社に対して新製品開発テーマとして提案できます。それから毎日そのクリーム剤を塗り続けたところ、1ヶ月も経たないうちに、硬くてみみずばれのようだった赤紫色のケロイドが嘘のように色が消え、柔らかく、平らになりました。
この場合、自然治癒との判別は難しいと考えるのが科学的なのですが、その一方で直感も研究には非常に重要です。そのときの私は、組織療法が旧ソ連では確立した治療法であるらしいこと、ずっと続いていた痒みがおさまっただけでなく、腹部のケロイドのために伸ばせなかった背中が伸ばせるようになったこと、このクリーム剤が関節拘縮(骨折などでギプスを長くつけていると、はずしたときに関節が硬くなって動かない症状。腱などが周囲の結合組織=コラーゲンと結合している。)にも有効なので、博士は新たに治療に取り入れようとされていたこと、などから、ヒトプラセンタエキス外用剤がコラーゲン分解を促進するのだと期待し、博士に製品化のための共同研究を申し入れました。
尾崎博士には個人的にも非常にお世話になり、大矢博士とともに、私にとってはケロイドに限らず、医薬研究の恩師です。

当時、尾崎博士は医師の権限により自家製クリーム剤を治療に使用されていましたが、薬事法上、これをそのまま製薬会社が販売することは認められません。有効性と安全性をはじめとして、科学的データが厚生省(現厚生労働省)から多数要求されます。もちろん、これは製薬会社として当然の義務ですが、人間にしかできないケロイドの治療薬を、どうして科学的に効果を証明できるか、というのが会社として最大の難関と見られていました。
もっとも、私自身は、動物実験ができなくても、科学的に納得できる有効性の仮説と、それを裏付ける試験管レベルの実験結果で、ケロイドに対する有効性が期待できるデータがあればよい、という考え方でした。

-ケロイド治療剤の開発-

ヒトプラセンタエキス研究開発の目的は、有効成分の解明と効果の科学的証明です。しかし、人類未到の領域に踏み込むわけですから、簡単に行くはずがありません。研究方法などについてさらに調査し、考えた結果、とりあえず動物実験は行わず、インビトロ(試験管レベル)でコラーゲンの塊が小さくなるメカニズムと、その働きを持つ成分の探索に焦点を絞りました。詳しい研究内容は、お世話になった会社の重要な企業秘密になるため明らかにできませんが、若い優秀な頭脳がこのプロジェクトに投入され、程なく成果が見えてきました。鐘紡(現カネボウ)の皮膚科学における研究能力は相当なもので、もし、同じ研究を他の製薬会社が手がけていたとしても、あれだけの期間に同じ成果を上げることは非常に困難だったでしょう。

実はこの時期に、私は2度目の手術で新しいケロイド(肥厚性瘢痕)ができていました。今度は自分たちの研究成果を試す番です。鐘紡は化粧品事業で培った外用剤の製造では、他の製薬会社にはない、すばらしい技術がたくさんあります。今回の研究成果を、得意の技術を利用した塗りやすい外用剤にして、自分で試しました。
ただし、少しでも正確に有効性が判断できるように、有効成分を含んだ実薬と、外観などは全く同じで有効成分を含まないプラセボを製造し、全く同じ容器に詰めて識別番号をつけ、自分ではどちらが実薬か分からない状態で試しました。試験方法としては、どちらかの外用剤を最初に2週間塗り、1週間空けてもう一方を同じく2週間塗り、効果を比較する方法を採りました。新しいケロイドは、長さ12cmの切開創痕でした。試験方法として、もし実薬とプラセボを6cmずつ同時に塗ると、実薬の有効成分がプラセボ部分にまで浸透すれば効果が判定できないため、このような方法を採用しました。

試験を開始して2日目に、私は自分が今使っている外用剤が実薬であることを確信しました。ケロイドの硬さや色には目立った変化はなかったのですが、痒みがすぐに消えたのです。尾崎博士の作られた、精製されていないプラセンタエキスを含んだ茶色いケロイド治療クリームと同じ効果が、真っ白な外用剤で再現できたのです。
試験が終了し、実際に最初に使った外用剤が実薬であることが分かり、ケロイド治療薬開発は大きく一歩前進しました。ここに来るまでには、実は様々な苦労がありましたが、これで鐘紡はケロイド治療で世界のトップに躍り出た、などと少し浮かれた気分になりました。もちろん、研究開発というものは、そんなあまいものではありません。

  • 前のページへ
  • 次のページへ

このページのトップへ