TOP > SCAR WARS -ケロイドとの戦い- > Episode.03 さまざまなケロイド治療法【薬物療法】2)内服剤 [両刃の剣─BAPN]

SCAR WARS -ケロイドとの戦い-

Episode.03 さまざまなケロイド治療法【薬物療法】2)内服剤 [両刃の剣─BAPN]

ヒトプラセンタエキスから発見した成分を医薬品として開発するには、様々なステップを踏まなければなりません。もちろん、多くの費用と人手、年月が必要ですが、それらが揃えばできるというものでもありません。
詳細は書けませんが、結局、ヒトプラセンタエキスの研究成果は製品化に結びつかず、開発は挫折しました。

開発中止には至りましたが、ヒトプラセンタエキスそのものに希望がないわけではありません。また、ヒトプラセンタエキス以外にもケロイド治療薬の可能性はあります。その一つがベータ-アミノプロピオニトリル(BAPN)です。

ケロイド治療薬の候補はこれまでに何度も現れては消えました。未だに決め手になる治療薬はなく、ケロイドの苦しみから人類は逃れられない状態です。
多くの勘違いやデータの誇張などで怪しいケロイド治療剤が多い中で、I. Kelman Cohenが臨床応用したベータ-アミノプロピオニトリル(BAPN)は、期待が持てるケロイド治療薬の一つでした。彼はケロイド研究でいろんな論文を出しており、私は当時開発中であったヒトプラセンタエキスの開発のヒントを得るため、日本のケロイド研究の大家からCohenに紹介状を書いてもらい、ヒトプラセンタエキスの研究データを持って米国ヴァージニア州に飛びました。

Cohenのオフィスにはソ連のゴルバチョフ大統領(当時)の大きな写真が飾ってありましたが、確かに額にあざがあれば、Cohenはゴルバチョフの影武者ができそうなそっくりさんでした。
挨拶を済ませ、早速ヒトプラセンタエキスのケロイド治療効果について、具体的な症例写真を見せながら説明しました。それらの写真を見て、確かに効果がある、特に副作用がない点が素晴らしい、とCohenも認めてくれました。
続いてヒトプラセンタエキスのケロイド治療薬開発に関する私の考え、特に「ヒトプラセンタエキスでなぜケロイドが治るのか」という、作用メカニズムの予想に関して説明しました。彼は、非常におもしろいアイデアであり、西洋人と東洋人の発想の違いを感じる、という感想を述べました。

いよいよ本題の、ヒトプラセンタエキスもしくはその有効成分の医薬品化に関し議論しました。私の考え方は、「人間以外にはケロイドはできないのだから、動物を使って薬物で無理やりケロイドもどきを作ったり、動物の皮膚にケロイドを移植して、それにケロイド治療薬を使うことにより、ケロイドもどき、あるいは移植ケロイド組織が小さくなる、という実験は無意味であり、インチキである。それよりも、試験管内の細胞に対する実験データであっても、理論的にケロイドが治る可能性を示すデータがあり、同時にその安全性が確保されていれば、その物質はケロイド治療薬としてヒトへの使用が許可されるべきだ。」というものです。Cohenもその考え方には全面的に賛成してくれました。
彼は、「アメリカのFDA(食品医薬品局;日本の厚生労働省に相当)は、科学者が納得できる実験データがあれば、それは動物実験であろうが培養細胞の実験であろうが関係なく、ヒトへの使用を許可するだろう。それがサイエンスというものだ。」との意見でした。彼の意見を聞き、いろんな意味で私は日本国内よりもまずアメリカで開発を優先させるべきではないか、と思いました。

前置きが長くなりましたが、人間誰でも他人の自慢話を聞かされるとちょっとしゃくなものです。世界的なケロイド研究家として、Cohenも東洋の若造に自慢ばかりさせるわけにはゆきません。彼は自分が患者に使用しているベータ-アミノプロピオニトリル(BAPN)の効果について話しました。それによると、有効率はほぼ100%であり、どんなケロイドもたいてい小さくなる。その点では、BAPNはヒトプラセンタエキスに勝る。しかし、副作用のコントロールが難しく、副作用のために治療を中止する場合もある、というものでした。

BAPNとは...

BAPNによるケロイド治療とBAPNによる副作用

BAPNはスイートピーなどの植物に含まれる毒素であり、コラーゲンの合成を阻害することが知られています。ケロイドは極言すればコラーゲンの塊ですから、それを壊せばケロイドは治るはずです。一旦できてしまったケロイドでも、実はその組織内では物質代謝が行われており、古いコラーゲンが徐々に壊されて新しいコラーゲンに置き換えられ、ケロイドがいつまでもなくならないと考えられます。したがって、コラーゲン合成を妨害すれば、新しいコラーゲンが作られず、古いコラーゲンが壊される一方になり、ケロイドは小さくなって行くはずです。実際に、BAPNはケロイドを小さくする効果があることが分かっていましたが、実は重大な副作用があります。

コラーゲンというのは、皮膚だけでなく、体全体の基本構造を形成する重要な蛋白です。骨もコラーゲンがあって初めて、あの硬さを保てます。BAPNには神経毒性があるのですが、それ以外にも、動物に投与したとき、全身の骨がグニャグニャになってしまう副作用があります。そのため、ケロイド治療薬としては危険すぎて使えないのです。
しかし、そこはケロイド研究の大家です。医師として、Cohenはいわゆる絶妙の「さじ加減」により、副作用を最小限にしてケロイドを小さくするBAPNの使用方法を開発していたのです。詳しい内容は話してくれませんでしたが、恐らく彼にしかできない名人芸というべきものだと思います。BAPNは医薬品としての使用は許可されておらず、あくまで医師としての権限と責任において患者に使用していたのです。

日本人の私は、「垢も身のうち」、「ケロイドも自分の一部」と考えて攻撃的な治療方法の開発はほとんど検討しませんでした。ケロイドができない人が多いこと、できても自然に治ることもあること、などを考えると、ケロイドは本来治るべきものと私は考えます。治るきっかけを失ったケロイドに、正しい情報を伝えてやり、治るべき方向に導くというか、治るべき使命を思いださせるような考え方で私は研究を進めていました。
それに対し、何事にも積極的な西洋人は、ケロイドの存在を許さず、大きな犠牲を払ってでも取り除く、という風に見えました。実際、このとき同時に訪問したピッツバーグ大学では、1ヶ月に50人のケロイド患者のケロイド切除を行い、手術後は放射線を照射して、普通なら必ず再発するケロイドを抑え込んでいました。日本では発ガンの危険性を考えて、このような手術はほとんど行われません。

BAPNに話を戻しますが、ケロイドのコラーゲン合成だけを特異的に阻害することができれば、理論的には副作用を伴わずにケロイド治療ができます。それはBAPNのDDS(Drug Delivery System;薬物送達システム)開発により、ケロイド組織だけにBAPNを取り込ませることで可能になるのか、ケロイド組織だけに特異的に取り込まれるコラーゲン合成阻害剤の開発で可能になるのか、第三の方法があるのか、やってみなければ分かりませんし、やってもできないかもしれません。
なお、コラーゲン合成阻害をもう少し専門的にみると、コラーゲン蛋白が作られるステップを阻害するのか、コラーゲン蛋白が架橋(橋架け)構造をとるステップを阻害するのか、などに細かく分かれます。
このような研究はほとんど行われていないので、まったく予想がつきませんが、ケロイド組織だけに作用するコラーゲン合成阻害剤は、ケロイド治療薬の有力候補の一つに間違いないと思います。

  • 前のページへ
  • 次のページへ

このページのトップへ